2000年の五大学

幻の逆転満塁サヨナラホームラン

名古屋大学 5年 山田崇史

【奇跡】既知の自然法則を超越した不思議な現象で、宗教的真理の徴とみなされるもの。

 ここを読む人は、まずその前に、部誌の後半に記載されている試合のスコアの最終戦、五大戦の対徳島大を見てもらいたい。そこには9回裏に6点を取り10−9にて見事に逆転勝利をかざった輝かしい奇跡の逆転勝利が記載されていることだろう。この奇跡が、ただの年間の1試合として部誌のなかで埋もれていくにはあまりにも惜しい。何より、ホームランを打った本人が悔しい。熱い、熱い、ドラマティックな試合を、その試合を戦い抜いた一部員として語りたいと思う。いや、語らせてくれ。

 試合が終わり一週間経つが今でも目を閉じれば、あの試合が一イニング1イニングはっきりと思い出される。それは、暑い、暑い真夏の信州、夏の最大の祭典、五大戦を締めくくる最後の1戦、奇しくも優勝決定をかけた戦いであり、更にこの試合で一線を退く五年生達にとっても重要な意味を持っていた。すでに全試合を終えた他大学の熱い視線の中プレイボールとなった。但し、優勝決定戦と言っても徳島が勝てばの話で、0勝3敗の名大には全く関係なく、また、この日の午前中までに全日程を消化した愛知医科と名市大は、既に名古屋へと帰っており、見守った他大学は、主管校の信州大だけだった事を付け加えておきたい。

 先攻は徳大、強力なクリーンナップと、好バッテリー、そつのない守備でここまで2勝1敗と好調である。初回、いきなり満塁のピンチ。ピッチャーの船木、野手の表情も初回から疲労の色が隠せない。それもそのはず、大会初日からの敗戦に、部員一丸となり連夜の熱いミーティング。毎晩夜が明けるまで酒やトランプを使っての反省会で、皆睡眠不足がピークに達していたのである。野球に熱が入りすぎたのが裏目に出ていた。しかし、満塁のピンチも何とか最小失点で切り抜ける。詳しいことは忘れてしまったが、試合は、7回までは一進一退の緊張感の高い展開が続く。しかし、得点とは裏腹に内容は大変苦しいもので、 7回まで4−4で行けたのが不思議なくらいだった。毎回2人、3人のランナーを背負う、1つでもエラーがあれば、もう1本ヒットが続けばすぐにでも大量得点につながる。これはいつもの負けパターンだ。しかし、ピッチャー、野手の疲労に反して不思議とエラーは出ず、サード、セカンドの好プレー、ファーストの度重なるファインキャッチ、ピッチの好牽制。綱渡りの守備は、意外に切れなかった。攻撃のほうも、切れのいい直球をコーナーに巧みに投げわける好投手に、正直4点取ったのが不思議なくらいだった。奇跡の予感は…まだ無かった。むしろ、アップアップでもうお腹一杯という状況だった。

 8回のマウンドに上がる船木は疲れていた、時計を見る。4時半、試合開始から2時間半、規定の時間は3時間。(この回を粘って最終回にしよう)それほど疲れていた、みんなの気持ちも同じだった。言い換えるなら、おもいっきり腰の引けた受けの気持ちになっていたのだ。そのせいだろうか、どうやって取られたか忘れたけど、とにかく遂に均衡を破る2点を入れられてしまった。決定的だ。打順は、6,7,8番と下位打線、残り時間は10分少々。ここは負けなれたチームの手際のよさか、三振、ショートゴロ、内野フライと、手早く三者凡退に仕上げてきた。皆は考えるまもなく一目散に走った、試合終了の整列へと。 悔しさはいつも通りあまり無い、むしろ8回まで好ゲームを演じた満足感がそこにはあった。しかし、審判も相手チームも次の回の準備にかかっていた。時計を見る、まだ5分あった、締めの手際が良過ぎて助かった。そんな訳で残り5分をもって最終回に突入したのである。 しかし、既に疲労はピークにあり流れは完全に徳大へと傾いてた、ランナーを2人置いてバッターは4番。『カキーン』痛烈な打球はレフトへと伸びた、3ランホームラン。レフトが座り込む。遂にやられた、5点差、駄目押しだ。最終回の裏の攻撃に向けてベンチにし帰る、ここで筆者はキャプテンの船木を見た。(幕引きにはいるのか?)大量の点差で負け試合が多い名大は、最終回には若手を代打で出して幕引きをするのが恒例である。しかし、船木は動かない、疲れて頭が回ってないのか?(否!後日彼はこの時点でもまだゲームを諦めていなかった、と語ってくれたがその真偽については定かではない)

 遂に9回の裏の攻撃が始まった。先頭の9番塚原が直球を逆らわず右中間に返した!2塁打。1番飛騨、今大会不調。5年生の引退にはこの大会で3本以上のヒットを打つことという密約があるが、彼はこの時点で唯一取り残され、しかもまだ1安打だった。しかし打った、打っても引退できないのは確実であったが、打った。上手く右に運び1、3塁となった。さすがに9回球威が落ちているのか?しかしそこは、2番、3番を内野フライ、三振に切って取り、4番船木も2ストライクに追い込まれた。いよいよか?外角にカーブが曲がる、『ピシ』鋭くセンター前へ。1点とり、1,2塁。しかし2アウトでまだ相手にも余裕がある。5番は辻田、今大会好調だが今日はノーヒットだ。ここは四球を選びつなげる。二死満塁。6番上村に回ってきた。僕は、サードコーチをやりながらこの光景を見ていた。(おいおい回って来るよ)僕は、7番バッターだったのだ。1年生がサードコーチを変わりに来た。この時の僕はうつろな目をして力なく返事をしていたと、後に彼は語ってくれた。4年前の自分なら胸躍る場面だが、正直ここでアウトで自分にまわってこなくても良いかと、この時自分は思っていた。むしろ願っていたと言ってもいい。デビュー後32打数15安打、4年前の信州ではホームランを含む9打数6安打と、一時自分でも怖いほど打ちまくった、しかし、その後かげりが見られ、ここ1年では打率も1割台ぐらい。 極端に言えば「終わった選手」だった。サッカーでいう前園みたいな感じだろうか。最近では「昔は、俺はさぁー・・」が口癖になる位であ